2007年10月 2日 (火)

 エディット・ピアフ~愛の讃歌

”♪あなたの燃える手で~、あたしを抱きしめて~♪”

おなじみの曲、愛の讃歌、戦後の日本の歌姫、越路吹雪さんの代表曲です。

そしてこの名曲の"愛の讃歌”の生みの親が、世界の歌姫エディット・ピアフです。

今日久方ぶりの映画を見に行きました。

”エディット・ピアフ 愛の讃歌”です。

感動が消え去らないうちに、書きしたためておきたいと思います。

愛の讃歌、ばら色の人生、パダン、パダン・・・・・など、良く知っている歌です。

特に愛の讃歌は大好きな名曲、一人口ずさむことたびたびです。

しかし、これらを歌っているピアフ、名前は良く知ってはいましたが、

考えると彼女自身のこと何も知らなかった私でした。

1915年、第一次世界大戦の真っ只中にうまれ、47歳の生涯を終えるまで、

恵まれぬ境遇の元に生まれ、育ち、幼い頃から人生の縮図を垣間見てきた

そんなピアフでした。

大道芸人だった父と街角で歌う歌手だった母、

父は戦場に駆り立てられ、やがて母にも見放され、祖母に預けられる。

祖母の家は娼婦の館であった。

娼婦たちとの生活の中で、虚弱体質の彼女は、角膜炎を患い、

4年間、目の見えない生活を送るのです。

そしてこれが事実なのか定かではないのですが、

何とか、彼女の目を元に戻してあげたいと娼婦たちは、教会に連れて行き、

聖テレーズに祈ると、彼女の目には光が戻ったというのです。

その後、彼女は生涯、クロス(十字架)を手放すことは無かった・・・といわれています。

戦場から戻った父とのサーカス暮らしの生活、

やがて、父から独立して、同じような境遇のともだちとの生活、

母親と同じように、街角でシャンソンを歌い、日々の糧を得る生活。

そこで、クラブのオーナーに見出され、ステージに立つようになる。

ある日、父親とも慕っていた,そのオーナーが殺されてしまう。

その絶望の淵から著名な作詞作曲家が彼女を救う。

彼女に対して容赦の無い訓練をし、彼女は再び舞台に戻ってくる。

その後の彼女はまさに飛ぶ鳥落とすの勢いで、スターダムに駆け上っていくのです。

そしてそんな絶頂期に、ボクサーとの恋愛、

マレーネ・デートリッヒとの出会い。(彼女とは、生涯を通じての友情で結ばれる)。

やがて、彼の飛行機事故での死。

彼に聞かせるための"愛の讃歌"を発表する寸前のことでした。

彼の死から彼女は薬と酒におぼれ、体を壊していく。

それでも舞台に立つことだけは忘れないピアフ、

歌に恋に精いっぱい生きた、波乱の軌跡、

小説より奇で、ドラマよりもドラマティックな、

悲しく、逞しく、寂しく、豊かなピアフの47年の生涯でした。

イヴ・モンタンとの恋愛をもとに生まれた

”ばら色の人生”。

ピアフの人生で最大のロマンスだったボクサーとの恋愛、

彼への思いをうたった”愛の讃歌”

亡き人を偲んでつづった”美しい恋の物語”等・・・・

名曲の数々に触れながら、この映画を見終え、

ピアフの轟くような声量でうたう声が、今でも、頭の中に響き渡っていて消えない。

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2007年5月26日 (土)

映画、"ドレスデン、運命の日"

昨日は一日、雨の降り続く日であった。

わたくしのご主人様、昨日より、又ちょっと海の外へ。

またもや訪れた自由な生活。

こういうチャンスを、有効に使わない手はない。

昨日は、日比谷の映画館にもぐった。

このような雨の日は、映画を見るに限る。

上映時間まで、ぶらぶら。ついでにTシャツ2枚Shopping。

今日の映画は”ドレスデン、運命の日”。

ドレスデンは、17~18世紀、ザクセン王国の首都として栄え、

ドイツの東、チェコとポーランドの国境近くに位置する国。

”ドイツのフィレンチェ””バロックの真珠”などと、称えられ、

ヨーロッパ屈指の美しさを誇る。

と、同時に美術至宝の数々、世界に名だたるオーケストラ、美しい建築物などの数々、

等の芸術と文化が漂い、

豪華絢爛なバロック文化をはなひらかせた都市なのです。

それに拍車をかけて、ヨーロッパ初の白磁器、マイセンの発明で、

ますます栄えていった都市でした。

このすばらしい街が、米英軍の空爆で壊滅的な被害を受ける、ドレスデン、運命の日、

延々と空爆の様子の上映に、吐き気さえ感じてしまうほどの迫力あるものでした。

以前、私は娘と二人でドレスデンを訪れている。

この街に3日間Stayして、この街を、隅から隅までくまなく歩いた。

街並みの美しさ、そして見るものすべての美しさに、感動の連続であった。

しかし、ここまでに修復された歴史があったのだ・・・・・。

長い年月をかけて、歴史的建物の多くは再建され修復されていたが、

街の中は、空爆のすざましさをそのまま残している王宮があったり、

いまだ真っ黒なすすがついている建物があったりと、生々しいところがあったこと、思い出した。

戦争ほど、無意味でおろかなことはない・・・・・・。

この映画のメッセージであるようだ。

空爆の被害のひとつの聖母教会、わたしたちが泊っていたホテルのすぐそばでした。

わたしたちが訪れたときは、修復の最中であり、見ることは出来なかったが、

2005年にやっと落成を迎えた。

瓦礫を可能な限り元の場所に戻す、という気が遠くなりそうな作業の下、

再建が進められ、”世界最大のパズル”と呼ばれたことは有名です。

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2007年4月24日 (火)

アフリカ映画

先日、ディカプリオ主演映画、”ブラッド・ダイヤモンド”をみてきた。

2時間半という時間は、息をもつかせぬ、すばらしい映画であった。

90年代の激しい内戦が続く西アフリカ、シェラレオネが舞台である。

漁師である住民一人が、反政府ゲリラに拉致され、ダイヤの発掘現場でダイヤ堀の労働者にされてしまう。ある日、大粒のピンクのダイヤを掘り当て、こっそりと隠してしまう。それを聞きつけたのが、ディカプリオ演ずるダイヤ密売人である。そこに、ダイヤ密輸問題を取材する米国の女性記者がからむ。ダイヤは見つかった、しかし・・・・・・というストーリーなのだが、

ハリウッド映画の典型的な、エンターテイメントと思いきや、リアルな社会派映画であった。

実際にシェラレオネでおきた利権争いの内戦、国家崩壊、住民の拉致、子供兵、手首切断、ダイヤ密輸、雇い兵、カラニコフ自動小銃、・・・・・これらが、すべて映画の中でとりあげられていて、すべて事実なのです。

第二次大戦後、アフリカの各国が次々と独立し始めて半世紀、という節目なのか、近年、アフリカを舞台とした映画が、日本で続々と放映されている。

皮切りは、”ナイロビの蜂”。
副作用があるため、欧米では売ることのできない薬を、薬品メーカーが、アフリカで売りまくる。  英国大使館の妻が、その暗部を暴こうとして殺されるという内容。

続いて、”ホテルル・ワンダ”
100万人以上が殺されたとされる、ルワンダ大虐殺で、命をかけて、1200人をかくまいとおした、ホテルの支配人の実話。

”ルワンダの涙”
同じ事件を、ボランティア教師の英国青年の眼を通して描いた作品。

”ロード・オブ・ウオー”
崩壊国家のリベリアを舞台に武器商人の暗躍ぶりを描いた、これまた実在の武器商人。

そしてまだ放映中の”ダーウインの悪夢”
ビクトリア湖の巨大魚ナイルパーチをめぐる地域崩壊のルポ映画。

”ラストキング・オブ・スコットランド”
ウガンダの独裁者アミン大統領の主治医にされてしまったスコットランド青年の話。

そして、近日ロードショウとなる、”ツオツイ”
南ア・ソウエットの不良青年が赤ん坊を拾ってしまった物語。

そして、”四月の残像”、と控えている。

私は、これらの映画、”ロード・オブ・ウオー”を除いて、みな見ました。
それぞれすべて、重いテーマを投げかけたすばらしい作品ばかりでした。そして、しらなかったアフリカの国々を、はじめて知ったり、いろいろな意味での興味が、以前より増した。

こんなにもアフリカ映画が多いのは、この国のあらゆる状況(大虐殺や内戦、飢え、武器やダイヤ密輸、・・・・等)が、映画の舞台に簡単に設定できるのだ・・・と、何かの本で読んだことがあった。又、アフリカの不幸が映画を増やしているということも書かれていた。
確かにそうであると思う。だから、映画を作ることで、たくさんの人に見てもらい、メッセージを伝えてほしいと思う。

そしてもっと印象に残った言葉が、映画、ブラックダイヤモンドのセリフの中にあった。
”石油が出なくてよかったよ。もっとひどいことになっていた”・・・・とつぶやいた一言。

アフリカは、まだまだいろいろな問題を抱えている現在である。
たとえば、ブラッドダイヤモンドの中で、ダイヤを見つけたソロモンの息子が、反政府軍に捕まり、連行され、マインドコントロールされ非情な殺人マシーンとしての、少年兵にし立てられてゆく場面があったが、いまでもアフリカでは、数十万人もの少年が、強制的に、兵士にさせられているという。

映画でのエンターテイメントの形を借りてこそ伝えられるメッセージ。そんな、説得力がしっかりとあるアフリカ映画のブームを、一過性のものにしないためにも、今回の映画が与える力はかなり大きいのでは・・・・・・・・。

それにしても、ディカプリオ、私は、タイタニック以来での映画の中での再会でしたけど、あのときの役とは、一味もふた味も大人になり、すばらしかった。
又、近年、プライベートでも、エコロジー運動を中心に、社会問題や、チャリティー活動に深くかかわっているとか・・・・・。

なんだかフアンになりそうです。

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2007年2月28日 (水)

アカデミー賞

25日に発表された、米アカデミー賞、世界に名だたる映画人が、一堂に集まる様を見ることのできる授賞式、映画好きな私は、この様子ををテレビで見ることを毎年とっても楽しみにしています。

日本映画”硫黄島からの手紙”は、批評家から絶賛を浴びたものの、賞への壁は厚かった。ただ、敵、味方を超えた視点からの、戦争の残酷さを描ききった、クリント・イーストウッド監督、そして、ケン・ワタナベをはじめとする日本人俳優の演技は、多くの人の記憶に残ったことと思う。

また”バベル”、期待してた助演女優賞、菊池凛子さん、とっても残念でした。ちょっと期待しすぎた日本のマスコミだったのか・・・・。それをさらったのが”ドリーム・ガールズ”の、大型新人、ジェニファー・ハドソンだった。前の日、私はこの”ドリーム・ガールズ”を見に行っていた。ショウビジネスの厳しい世界を、哀切をこめて歌いきるその歌唱力のすばらしさ、パワフルさ、感動を、全身に受けながら、なぜか涙がほほから流れてとまらないほどでした。最初から最後まで館内は、はちきれんばかりのすばらしい歌声でひびきわたっていました。

オスカーを手にした、主演女優賞は、ヘレン・ミレンさん。今週末封切りとなるイギリス映画”クイーン”で、エリザベス2世を演じています。

陰謀説が耐えない、ダイアナ元妃の死去を題材に、元妃の国民的人気に応える葬儀を望むブレア英首相と、慎重姿勢の女王のやり取りが再現され、王室が不快感を示しても不思議でない内容が含まれているとか・・・・・・。英王室が、ミレンさんと、監督、脚本家の3人を昼食会にご招待することを明らかにしたそうです。ちなみに、女王はまだ、”クイーン”は観ていられないようです。

ミレンさんは、授賞式の挨拶で、”このような映画を作ることが出来る国に暮らすのは、すばらしいことです”と話し、英国社会が堅持する”表現の自由”をたたえていました。

授賞式もさることながら、もうひとつ楽しみに見ることがあります。それは出席する人のファッション。特に女優さんのファッション、必見です。菊池凛子さん、あたかも、マーメイドのような黒のロングドレスが素敵でした。髪型も、ちょっとレトロっぽく決めてドレスにぴったりの雰囲気でした。この人が”バベル”で聾唖者の女子高校生を演じたのです。素敵なドレススタイルの菊池さん、あのような役柄をどのように演じたのでしょうか・・・・・・。この映画も、是非観たいものです。

又、渡辺謙夫人、ブルーの着物姿、しっとりとした落ち着きさが伺え、とっても素敵でした。ドレス社会の中で日本の着物が、映えていました。

今年のアカデミー賞、日本での期待が大きかった菊池凛子さんは助演女優賞には届かなかったけれど、米のメディアにも、たびたび登場し、ハリウッドでの次回作も決まっており、今後の飛躍にますますの期待をしたいところですね。そして、日本人キャストの”硫黄島からの手紙”も主要賞から漏れたものの、ハリウッドの国際化で、日本の映画人にも、さまざまな可能性が開かれているのを実感された授賞式ではなかったかと思います。

今年アカデミー賞に輝いた、”ディパーテッド”そして”クイーン”、楽しみにみてみましょう。

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2007年2月14日 (水)

映画 善き人のためのソナタ

夕べ、夜10時過ぎ、夫は家にご帰還あそばされた。(お疲れ様。)

飛行機の中で買ったという、ゴディバのチョコを抱えて・・・・・。留守をしていた私に・・・・・と。バレンタインの日ってこと、わかっていたのね。

真っ赤に日焼けして、まるでゆでだこのような顔、毎日ゴルフ三昧だったことの証明である。グアムのお天気は、着いた日より、さわやかな秋晴れのような毎日だったとか。そして昨日ちょっぴりと雨が降ったとか・・・。ここでも異常気象なのでしょうか。

そして今朝は、遊び疲れ?た顔して仕事にでかけていきました。いってらっしゃい!

今日は久しぶりの雨の朝です。やわらかな春雨が音もなく降っています。

私こんな雨大好き。気持ちが落ち着きます。こんな日はラジオをかけて、ゆっくりとコーヒーを飲んで、ゆっくりと、新聞を読んで・・・・・・。何もかもゆっくりとした時間が流れていくよう。

そして、昨日見に行った映画”善き人のためのソナタ”を、思い出している。

ベルリンの壁が崩壊する5年前の東ドイツ、国民全体が監視体制にあったといわれているころを舞台に、ナチス時代のゲシュタボにも比較されるシュタージという強大な監視システムと監視官、そして、為政者たちによって、翻弄される芸術家たちの、苦悩を浮き彫りにした、ヒューマンドラマであり、Love.Story である。

東ドイツ時代の映画を幾度となく見ている私ですが、いつみても、見終えた後は深い悲しみが心を襲う。シュタージの監視役を演じた役者さんは、本人自身も監視された経験を持つ東ドイツ出身の俳優さんであるとか・・・。変わってゆくビスラー(監視員の名前)の、こころの哀しみと歓びが、切々と伝わってきて、涙がとまらなかった。

娘がドイツに住んでいるので。旧東ドイツ圏の国には、たびたび訪れる私です。ドレスデンやマイセン・・・・・、飛行場に降り立った途端、いまだに何か暗く重たい空気を感じるのは、私だけでしょうか。

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2007年1月28日 (日)

映画、マリー・アントワネット

マリー・アントワネット・・・私は小学生のころから”悲劇の王妃”という本を読んで、マリーに特別の感情を持っていた。そのうちに歴史を学び、フランス革命=マリー・アントワネットと思い始めてきた。そして大人になり、遠藤周作の書いた本、”マリーアントワネット”を読み、いよいよ彼女の生き様に大変な興味をもって今に至っています。世界3代悪女の一人とまで言われているマリー、早速、上映されている映画を見に行った。

なんと素敵で、美しく、又全体にカラフルに仕上がった映画でしょう・・・・・。マリーの、王妃として、妻として、母として、そして一人の女性としてみせる意外な素顔が、この映画ではものすごく素敵に描かれていた。本を読んでの彼女のイメージ、または歴史劇を期待していたら肩透かしを食らってしまうと思う。いたいけな少女が、母として王妃として成長してゆくStoryをみずみずしく描きつつ、その背景の美しいこと! カラフルな衣装や小物、シューズやSweets(ケーキ類)。又、初めて子供を生んだ後に王よりプレゼントされた別荘、プチ・トリアノンでの花や自然に囲まれた生活の美しさ・・・・・・。そして、背景に流れてくる音楽までもが70~80年代のポップスをふんだんに流している。いわば、18歳で王妃の座についた少女の数奇な青春物語としてみると心大きく揺さぶられる。

それもそのはず、監督はソフィア・コッポラ、女性なのである。彼女はそう、かの有名な巨匠、フランシス・フォード・コッポラ、の娘なのです。30歳ちょっとすぎた女性の目から見たマリー・アントワネットの映画だったのです。彼女はこんなことを言っています。”マリーはいきなり人々の注目を集めたセレブであり、ファッションリーダーでもあった。その点がとても現代に共通する題材で、興味をもった”と。彼女はまた、NYで記者会見をした際、こんなことも言っていた。”私は美しいものが大好き、ファッションも食べ物も男性も、だから映画は美しいものであふれさせたいの”とにっこりしたそうです。

やっと、私、この映画に納得しました。でも、マリーが生きた場所、ベルサイユ宮殿、映画の中の宮殿は、本物のベルサイユ宮殿での撮影だったそうです。マリー・アントワネット生誕250周年にあたる2005年、フランス政府の全面協力により撮影が実現されたそうです。

私も美しいものは大好き、これからも美しいものには極力触れ合いながら、生きて行きたいな・・・・。と、こころからそう思いました。

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2007年1月11日 (木)

映画 ダーウインの悪夢

今日、私は早い時間の電車に飛び乗り、渋谷まで映画を見に行った。前から気になっていた映画、”ダーウインの悪夢”です。見終わったあとのなんとも切ない、やるせない気持ちで胸が一杯になった映画であった。

淡水湖では世界第2位の大きさを誇るヴィクトリア湖。そこは、たくさんの生物の宝庫であったことから”ダーウインの箱庭”とよばれれていた。その湖に、今から半世紀前、些細な試みから、新しい生き物を、湖に放出した。大食で肉食の外来魚ナイルパーチという魚である。この魚が、前からビクトリア湖に生息している多くの魚を駆逐しながら、どんどんと増え続け、ビクトリア湖の生態系を一変させていくのだけれど、悪い魚ナイルパーチだけの問題ではなく、この魚によって、湖畔の町は大魚産業が誕生し、周辺地域の経済は良くなっていくのだが、その一方では、悪夢のような悲劇が生み出されていったのです。新しい経済が産み落とす貧困、売春、エイズ、ストリートチルドレン、そして、湖の環境悪化・・・・・・まるでドミノ倒しのように連鎖して行ったのです。そこに暮らすアフリカの人々や国の危機を浮き彫りにしている映画です。加工されたナイルパーチの白身は主にヨーロッパと日本へ輸出され、残った頭や骨が、現地の人の食料となっている。輸入している白身は、日本ではファミレスや、学校給食の献立、あるいはスーパーの味噌漬け等に数多く消費されていることを知り、日本もアフリカ存亡の危機の当事者としてかかわっている事実を知り愕然とした。遠いと思っていたこの国は、そんなに遠い国でないのです。今日本の琵琶湖でも、ブラックバスやブルーギルなどの外来魚が、問題となっているけれど、アフリカのように生活が一変してしまうことはないにしても、琵琶湖の生態系が変わることは同じである。人類発祥の地アフリカが、人類の危機にさらされている。なんともやるせない気持ちである。映画の最後にナイルパーチを輸送する機長が悲しそうに言っていた言葉が心に残る。”世界中の子供たちの幸せを望むが、どうすればいいんだろう。言葉が見つからない・・・・・”

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