伝説をもとめて。
地平線を真っ赤に染めて、
すばらしい日の出のお正月2日です。
今日夫はゴルフ初打ち、新年杯とかで、いそいそと出かけていきました。
私は今日もテクテクと散歩へ出かけました。
小春日和の穏やかな日、
背中に太陽がぽかぽかと暖かです。
いつも車でただ通り過ぎている街、ゆっくりと歩いていて
今日も多くの発見がありました。
それはこの街のところどころに立っている石碑に刻まれた地名の由来、伝説です。
義経、弁慶に由来が深いところです。
ご紹介したいと思います。
結構な坂道を気持ちよく歩いていると、
坂のちょうどてっぺんです。
名前の通り、見晴らしの良い公園です。一番左端が箱根の二子山、そして駒ケ岳、箱根で一番高い神山、大山の裾野に明神岳の山々がよく見えました。
三角の山が大山です。
右端のほうに富士山の頭がうっすらと見えていました。
この場所、”鍋ころがし”と呼ばれています。
それは、義経、弁慶がこの地にさしかかり、弁慶が馬と共にこの急な坂を越す際、馬が、足を滑らせて弁慶が危うく落馬しそうになりました。そのとき、馬の鞍の後ろにつるしてあった鍋の紐が切れて、鍋は断崖にころころと転げ落ち谷底に消えていってしまった。
という伝承があるところです。
確かに下をみると谷のようになっています。
ころころと音を立てて転がっていく鍋の音が聞こえてきそうです。
弘法の松公園です。
ここもまたすばらしい眺めが見られました。
左端には、伊豆の天城連山万次郎、万三郎岳、写真には写っていませんが、右端のほうには、大菩薩領までも。そして南アルプスまでも望めるようです。
ここでは真ん中にちょうど雲のかかっている下辺りに富士山が望めます。
公園の中ほどにこんな石碑がありました。
この伝説をお話します。
この石碑の立っているところには、高さ30m、根回り11mあまりの大きな松ノ木があったのです。この松ノ木の伝説です。
弘法大師が諸国を行脚していた折、この地にお寺を建てようとしました。しかし、見渡したところ山々の谷は九十九谷で百谷にはひとつ足りません。そこで、弘法大師はなぜか、寺を建てるのをあきらめ、そこに一本の松ノ木を植えたのです。それが後に大きくなり、弘法の松といわれるようになったそうです。この地はかつて、二つの郡の境界に当たる峠であり、津久井街道を行きかう旅人に、この巨松はよき道標でもありました。火災により残念ながら枯死してしまいました。
今植えられているこの写真の松は、そのときのものを復元したものだそうです。
その当時よりまだまだ小さいですが、いつか大きな松となるのでしょう。
昔の道しるべとなっていた松の絵です。
人がこんなに小さく書かれています。さぞかし大きな松だったのですね。
最後にもうひとつご紹介します。
よみうりランド遊園地へ行く途中の道に、こんな立て札を見つけました。うっかり見過ごしてしまうところでした。
この伝説の小さな小さな二枚橋には、弁慶と義経のレリーフがかかっていました。
ここをあの義経と弁慶があのいでたちで通ったんですね。何かはるか遠い昔へと、ロマンを駆り立てられます。
車でいつも通り過ごしているところ、歩いてみるとたくさんの面白い伝説があることがわかり、大変面白い散歩を楽しむことのできました。
まだきっとほかにもこのような地があるやもしれません。また訪ね歩いてみたいです。
自分の住んでいる街に、興味を持つこと、大切なことですね。









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